市民活動家・研究者(前千葉県議会議員)

◆ 川本幸立のブログ

コミュニティ・個人の自立度の危機的状況を示した
大阪ダブル選結果
0
    大阪市長選はメディアが持ち上げる芸人=橋下が圧勝しました。
    選挙結果を報じた今朝の「毎日」朝刊には「都構想推進」「改革の両輪握手」と共に「イメージ先行懸念」「典型的ポピュリスト」などの見出しが並んでいます。 

    中央の政権交代で実現したのが結局「民主党の自民党化」でしかなく、景気も雇用もよくならない状況の中、選択肢が「既存政党支持・現状維持」かそれとも「維新・改革」と言われれば、有権者が「改革」を求めることは予想されたことです。

     しかし、肝心の政策の中身についてはどうなのか。
    ・「大阪都」になれば、なぜ経済成長できるのか? 
    ・大阪市、堺市の政令指定都市があるから大阪が停滞したのか? 
    実際は「大阪都」と経済成長の話は直接何の関係もありません。
    また、「大阪都」という広域自治体よりも、住民にとって身近な市町村の充実こそが優先されるべきです。どう考えても「大阪都」には未来がありません。橋下に一票を投じた有権者が「都構想」についてしっかり検証したとは思えません。

    私は10月27日のブログで、次のように記しました。
     「 橋下の「憎悪や敵意の思想」の行き着くところは、「切捨て」「思考停止」です。
    一方、地方自治・地域コミュニティを支えるのは「個人の自立」「連帯の思想」「協力の思想」です。
     橋下の支持の度合いは、大阪のコミュニティ・個人の自立度の危機的状況を映し出していると思います。一層の独裁化と「大阪都」構想ではますます深刻化するだけです。」

    今回の選挙結果は、憲法で規定する「政治に果たすべき主権者の責務」に関する日常の市民教育の欠如と共に、大阪のコミュニティ・個人の自立度の危機的状況を映し出しています。
    地方政治の決定権者は主権者である住民です。
    憲法12条「憲法が保障する自由、および権利は、国民自身の努力によって守ること」、地方自治法に定める「直接請求権」に従い、有権者は疑心暗鬼の目で、橋下や議会が本来の使命を果たしているかどうか監視し、必要であれば公職者解職要求や議会解散要求などの「直接請求」を行使してもらいたいものです。

    Posted by : 川本幸立 | 地方自治 | 17:28 | - | - | - | - |
    県議会も他人事ではない2つの問題
    〜「名古屋ショック」と大相撲の「八百長問題」
    0

       
      6日投開票された愛知県知事選挙、名古屋市長選挙、名古屋市議会解散の賛否を問う住民投票で、大村さん、市民減税を掲げた河村さんが大差で選出され、市議会解散のリコールも成立しました。

      ジャーナリストの田原総一郎さんは、自民、民主などの中央のトップダウンの政党による中央集権の時代は終わったことに国民は気がついたとコメントしています。(「毎日」7日朝刊)

      「毎日」朝刊は「地域政党の勢い証明」「既成党の埋没は深刻だ」の見出しで、この「名古屋ショック」の「河村旋風」の源に「政治が迷走する中で、2大政党がかすむ現状」「地方議会への住民の不満」を挙げて次のように指摘しています。

      「議員報酬半減を主張する河村氏は名古屋市議会と激しい対立を演じてきたが今回の投票から、住民の市議会への強い不信感が裏付けられた。大都市での署名集めなど高いハードルを越えての住民の「不信任」を改革に二の足を踏む多くの地方議会は他山の石と受け止めるべきだ。」(「毎日」社説7日)

      国民の年金への不安を二の次にして世界に例のない特権である地方議員年金制度(川本ブログ2011年1月23日参照)の既得権を当然視するのが県議会の自民、民主などの各会派です。


      一方、大相撲八百長問題は本場所の無期限中止という事態に発展しましたが、同じ「真剣勝負の場」あるべき県議会が「八百長と学芸会」化している実態について私も再三指摘してきましたが、県民の多くの方はまだ気づいてはいません。

      地方議会には二元代表制に照らして「首長与党」は存在してはならないものです。地方議会の2つの使命(\廼發了氾咾隆道襦↓県民が安心して生活できる制度づくり)をしっかり果たし、そのことを県民に説明するために議会は存在します。

      「中央集権から地域主権・分権」を妨げているのが地方政治の「2つの中央集権支配」です。一つは、政府の補助金・交付金を餌にした中央・地方の官僚ルート、もう一つはそれと密接に結びついた中央のトップダウン政党です。

      地方官僚と中央政党の地方窓口=会派が手を結べば「何でもあり」の世界ができあがります。
      これにより、たとえば千葉県の道路行政では、大網街道や生活道路の渋滞緩和(右折レーンの設置など)や安全確保(歩行者や自転車利用者など)、バリアーフリー策よりも、費用便益費が1未満で事業遂行の根拠のない高速道路(圏央道など)が優先されるという本末転倒の事業が行われることになります。地元の中小業者よりも東京に本社のある業者に利益が吸い取られますから、お金が地域で循環せず、地域経済への波及効果も芳しくありません。

      抽選により選ばれた人たちで構成される第2「議員」を設け、現議会の審査結果と比較し、会派のあり方、議員の資質・待遇などを検証するなど、有権者が現議会を徹底的にチェックし、議会・議員を評価するなどの社会実験の提案があってもおかしくはありません。

      直接民主制を基本とする地方自治で地方議会の2つの使命に照らして考えれば、中央政党の下請け機関=会派は不要です。思考停止を強要する「会派拘束」など本来あってはならないことです。そのことに「名古屋ショック」から、有権者の方々が気づいていただければと思います。

      Posted by : 川本幸立 | 地方自治 | 10:15 | - | - | - | - |
      議会・議員の思考停止と「会派拘束」
      0

          
        昨日21日のNHKニュースで、全国47都道府県議会で、去年1年間に知事が提案した「条例案」2387件の内99.7%にあたる2380件が、「予算案」2133件の内2131件が原案のまま可決され、「決算」も373件すべてが認められていることを報じています。

        ニュースの中で、大森彌東京大学名誉教授は「議会が政策提案をほとんどせず、チェック能力が不足していることを示している。議会と知事側との関係は住民からは見えにくく、議会でオープンに議論することが今後求められている」と指摘しています。

        このことを千葉県に置き換えると、県議会で絶対多数の6割を占める自民党が、森田知事の提案する「条例案」「予算案」のチェックもせず、そもそも議員個々にその能力もなく、住民からは見えない議場の外で有力者が知事側と取引して100%知事提案を丸のみしている、ということです。

        ニュースを見ていて、「税金泥棒」と言われて当然の自民党が支配する千葉の「八百長と学芸会」県議会を変えることが今度の選挙の争点になればと思いました。
        ニュース内容で不満な点は、「地方議会に本来ないハズの与党会派の存在」「議員を思考停止にする会派拘束」を指摘しないことです。

        議会の本来の姿は、
        仝当局(執行機関)と毅然と対峙し、オープンな議場で真剣勝負する、
        (実態:議場の外で、行政官僚と議会多数派の有力議員らが手打ちをして決めている?!)
        県民参加を推進し、県民と一緒に議会で議論する、
        (実態:請願提出者の意見陳述の機会を認めないなど、県民を排除するのが「慣わし」となっている)
        5聴同士が議論する、
        (実態:議案そのものに深い調査研究をしていないので、議論にならない。また、発議案について発議した会派に質疑しても、中央からのトップダウンの発議内容のため、まともに答えられない)
        というものです。

        この障害となっている要因の一つに「会派拘束」(組織として議案の賛否を決めておき、所属議員の投票行動を拘束すること)があります。本来、二元代表制の地方議会に与党野党の区別はないにも関わらず、与党会派=自民党は「会派拘束」で質疑も批判もせず、ただ賛成するだけです。議員活動の責務を最初から放棄しています。

        ●「会派拘束」は議員の権利を侵害するもの

         昨年の12月県議会で、私が所属する4人の会派で、ある議案に対する賛否がわかれました。結成時の「会派確認書」の共通理念として「同志的集団として、原則、会派拘束をしない」ことを確認していますので、本会議の採決時も賛否が会派の中で分かれました。
        もちろん、会派内において徹底した討論と熟議により、一致するよう最大の努力をした上でのことです。

        一方、議会運営委員会の場で、民主党や共産党の委員より、「会派内の不一致はオカシイ」「会派拘束が当然」という意見が出されました。

        会派代表者会議では、「会派内の賛否が分かれたこと」について、議会事務局の報告を踏まえ、少なくとも今年度は「先例もあることや、国会においても、同一会派の議員の賛否が割れる例もあることから現状のとおり、原則として、賛否は、会派内一致とするが、やむを得ない場合は、会派賛否に反する場合も認めることとする」ことが確認されました。

        私は、
        (1)議会事務局の聞取り調査で、6つの近都県の内、4都県(東京・神奈川・栃木・埼玉)で同一会派内で賛否が分かれる事例があり、採決では参加・欠席・退席などまちまちの対応であること。
        (2)地方議会研究会の「議員・職員のための議会運営の実際」によっても、
          ゝ腸颪聾饗Г箸靴撞聴を単位として構成され、会派は議会運営や活動を行うための手段であること。住民は会派を選挙しているのではないこと。
         ◆_馭匹所属議員に対し、質問、質疑、討論、表決等で拘束するかどうかは会派によって異なることとし、
           顱紡崚拮縮世狼聴個人
           髻鵬馭氷澗は会派内の問題であること
          とされていること。
        (3)会派拘束の動向では、
          ゝ脹‘盂媽である国会においても「党議拘束」が緩和される傾向にあること。
         ◆…樟槎閏臉=住民参加が求められる二元代表制の地方自治においては、国会以上に「拘束」の緩和が今後進むことが予想されること。また、会派拘束は議員立法の妨げとなること。
        (4)県議会議会運営委員会で一部委員が求めた「会派拘束」の厳格化は、
             顱紡崚拮縮世狼聴個人、
             髻鵬馭氷澗は会派内の問題、に抵触し、議員の権利を侵害するものに他ならないこと。
        から、少なくとも会派拘束は会派外から強制されるものではなく、会派内においても政策集団として徹底した討論と熟議により一致するよう最大限の努力が行われたうえで不一致であれば、個々の議員の権利が優先されるべきであると考えます。会派拘束の弊害を直視すべきです。

        Posted by : 川本幸立 | 地方自治 | 08:45 | - | - | - | - |
        知事や県議会の体たらくぶり、変革の主体は県民だ
        〜知事、県議の資質・能力を見抜く目を持ち、常に監視を怠らず問題があればリコールを
        0

          地方自治体の首長と議会の関係は、首長、議員それぞれ選挙で選ばれる「二元代表制」であることから、本来、相互に緊張関係を保ち、それぞれ競って住民参加を進めながら自治体運営を進めることが基本です。その場合、議会組織として住民と執行機関にしっかりと向き合うことが重要なポイントだと思います。

          今朝7日の「毎日新聞」は、名古屋市、阿久根市で首長と議会が対立している状況を踏まえて、「揺らぐ二元代表制」「強い首長の権限」「改革進まぬ議会」「背景に住民の議会不信」などという見出しで、二元代表制の現状と課題を探っています。

          記事にある「住民代表としての実質を備えていないから、(首長側に)つけこまれている」(新藤宗幸千葉大教授)、「議会が住民との信頼関係をどう取り戻すかが喫緊の課題だ」(総務省の地方行財政検討会議で出された意見)、「首長が提出した条例案の99%以上が『原案通り可決』」のはその通りだと思います。

          この問題は、ではなぜ能力や資質に疑問のある人物が首長や議員になるのか?なぜ、住民がそういう人物を支持するのか?ということに立ち戻ります。

          ● 職員が質問作成する千葉県議会〜4年間の経験から

          議会・議員の役割は税金の使途の監視と、制度づくりです。
          しかし、今の県議会は、執行機関の追認機関に成り下がっています。議案の調査研究などせず、ただ座っているだけの議員が目につきます。私に「質疑ヤメロ!」と露骨にいう議員もいました。私の場合、一般質問前には当然、現地に足を運び、調査研究や職員からのヒアリングで連日、議会控え室に通い、最後まで質問内容に知恵を絞ります。しかし議会棟全体は定例議会質問直前というのに、議員の姿も見えず閑散としています。いつ、どこで質問を作成しているのだろうと不思議でした。
          高い報酬を受け取りながら、職員に質問をつくらせるなどの「八百長と学芸会」議会では、県民から「議会不要」「税金泥棒」と言われて当然だと思います。

          なぜ、こうなったのか?

          千葉県が正すべき喫緊の課題は、

          仝幹部と議会多数を占める自民党の馴れ合い
          60年間、まともな地域経済波及効果の検証も行わず推し進めてきた中央依存(=中央利権と結びついた)の地域開発

          であることを私は再三指摘してきました。
          私は県議会の体たらくぶりは、中央・地方の利権構造と密接に結びついていると考えます。利権構造をどう変えていくのかという視点が不可欠です。

          そのことを踏まえた上で、県議会のあるべき姿を考え、県議会を改革する主体は誰なのかを考えて見ましょう。
          地方自治法には、執行機関は「議会の議決したものを執行する」と規定されていますから、確かに議会の責任と役割は重大です。

          議会の本来の姿は、
          仝当局(執行機関)と毅然と対峙し、オープンな議場で真剣勝負する、
          (実態:議場の外で、行政官僚と議会多数派の有力議員らが手打ちをして決めている?!)
          県民参加を推進し、県民と一緒に議会で議論する、
          (実態:請願提出者の意見陳述の機会を認めないなど、県民を排除するのが「慣わし」となっている)
          5聴同士が議論する、
           (実態:議案そのものに深い調査研究をしていないので、議論にならない。また、発議案について発議した会派に質疑しても、中央からのトップダウンの発議内容のため、まともに答えられない)
          というものです。

          議員の資質・能力として、市民的な感覚とともに行政職員と対等に政策論議できる総合的な専門性が求められます。議員活動をサポートする議会事務局機能の充実も不可欠です。

          最後に、県議会を変える主体は誰なのか?
          そもそも、自治の主体である県民には、知事、県議の資質・能力を見抜く目と、常に政策をチェックして、問題があればリコールしてクビをすげ替えることが期待されます。県民は知事と県議会を「統制」しなければなりません。
          (参考:「討議する議会」江藤俊昭著、公人の友社)


          1月2日に登った鋸山。
          はるかに山砂採取で問題となった「きなだ山」をのぞむ。





          Posted by : 川本幸立 | 地方自治 | 22:57 | - | - | - | - |
          TOP