市民活動家・研究者(前千葉県議会議員)

◆ 川本幸立のブログ

<< 防衛・安全保障は国の専管事項か?〜堂本知事の憲法感覚を問う | main | 貧困な都市政策を象徴する中川昭一財務・金融担当相の「容積率の撤廃を」発言  韓国国会が「慰安婦」問題について決議  >>
戦争遺跡=靖国神社・遊就館を歩く
0

      25日(土)は緑区平和バスツアー実行委員会(とけ・九条の会+ほんだ九条の会)でバスを仕立てて、靖国神社・遊就館、千鳥ヶ淵戦没者墓苑、九段会館(昼食)、旧江戸城(皇居東御苑)を総勢25人で巡った。
     朝10時前「靖国」着、「別格官幣社」と書かれた部分を戦後切断した社号標、三代目の大鳥居(神明鳥居の変型)、「日本陸軍の父」と呼ばれ上野の寛永寺を睨みつける大村益次郎の銅像、日清戦争の折に戦利品として奪ってきた「獅子像」、大燈篭のレリーフなどの解説を受けながら、目的の遊就館へと向かう。
    ガイド(平和案内人)は「東京の戦争遺跡を歩く会」の長谷川順一さん(新宿平和委員会)だ。事前に送られてきた10頁に及ぶ資料によれば、ガイドの基本姿勢として「靖国神社は、批判的精神さえしっかりしていれば、戦争の時代を追体験するという意味でも、とても興味深い空間です。なお、境内には、戦死者の遺書などを前にして涙ぐむ老夫婦の姿などが、そこかしこにみられます。見学にあたっては、こうした人々の思いに対する配慮も必要でしょう」(一橋大学・吉田裕教授の講演)を大切にしている。次代への「平和のバトン・ランナー」の立場からみれば、靖国神社は「バトン・ゾーン」そのものだという。
     長谷川さんは、逆風の強かった小泉首相時代は年に100回以上ガイドとして靖国神社を訪ねたが、今は40回程度という。一方、各地の戦友会もなくなり、遺族会も遺族の減少、高齢化の中、靖国神社を支える組織も少なくなっている。神社の言う「真正保守冬に時代」に入り、8月15日の靖国神社参拝者も3年前の26,8万人が昨年16,5万人、今年15万人と大幅な減少傾向の中、神社も生き残りのため一面として宗教法人として普通の神社を目指す動きも顕著だという。
     
     
    ●遊就館展示から

    ・人の命の軽視〜貧弱な戦闘機、人間魚雷 
    「ゼロ戦」「桜花」「回天」が展示されているが、「ゼロ戦」は軽量化のため床・座席はべニヤ板(パイロットを守るため鉄板使用が常識)、「回天」は前進はできるが後退はできない設計でこれでは「鉄の棺桶」といえよう。
    ・靖国の「日本国憲法」観
    占領軍は再び日本が米国に抵抗しないため「日本の弱体化」を目的に「日本国憲法」を定めたという意味の解説があった。「靖国」「遊就」「獅子」「こま犬」にしろ、中国や朝鮮文化にその由来を求めながら、近代史において中国朝鮮を蔑視するという矛盾、憲法観の根底にある「反米」観などをみれば、グローバル社会の中で靖国神社は国際社会で孤立する宿命にあるのではないだろうか。
    ・都合の悪いことは省略
    サンフランシスコ第11条(戦争犯罪)「日本国は、極東国際軍事裁判所並びに日本国内及び国外の他の連合国戦争犯罪法廷の裁判を受諾」の解説がない。また展示解説で翻訳のないものもいくつか見受けられた。
    ・九十九里上陸作戦が行われていたら
    終戦前の米軍の作戦では、昭和21年に九十九里浜への上陸を計画していたことが解説されていた。長谷川さんの解説によれば、米軍はその折「毒ガス」や稲を枯らすために開発した「枯葉剤」を使用することを計画していたという。この枯葉剤はベトナム戦争で使用され、その被害は今も続いている。

    Posted by : 川本幸立 | 活動記録 | 17:16 | - | - | - | - |
    TOP