市民活動家・研究者(前千葉県議会議員)

◆ 川本幸立のブログ

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広島、長崎の被曝者をモルモット扱いした
医学者の弟子たちが福島の被曝者を切り捨てている〜
「原爆の図 丸木美術館」を訪ねて
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      5日は、「とけ・九条の会」「ほんだ九条の会」主催の毎年恒例の「平和バスツアー」で埼玉県にある「原爆の図 丸木美術館」(東松山市)と国営武蔵丘陵森林公園(比企郡)を訪ね、6日は市川市内で開催された第37回道路全国連・全国住民運動交流集会に参加しました。

     丸木位里、俊の丸木美術館は初めてでしたが、「原爆の図」「水俣の図」「南京大虐殺の図」「アウシュビッツの図」「水俣・原発・三里塚」の巨大さ、迫力に圧倒されました。また、弱者、傷ついた人々の視点から原爆、戦争、公害、原発を死ぬまで告発し続けた毅然とした姿勢・生き方に感銘を受けました。

    職員の方より、「広島の議会の反対(一票差)で、広島には美術館を建てられず、位里が生まれた広島の大田川のほとりの風景にソックリな東松山市の都畿(とき)川のほとりに1967年に開館しました」「7年間日本を支配したGHQは、『原爆の図には場所を貸すな』という命令を出していました」「生前は、鑑賞者が画に直接手を触れることを許していました」など解説いただき、「原爆が落とされてから30年後に内部被曝の問題が明らかになりました」と指摘されました。

    この言葉を聴き、ABCC(1947年にトルーマン大統領の命令で広島と長崎に設置されたアメリカの原爆傷害調査委員会のことで、事実上の米原子力委員会が管轄していた)が、被曝者をデータ収集の対象としてモルモット扱いし「医学調査」するが治療せず放置し続け、731部隊の流れを引き継ぐ国立予防衛生研究所(現感染研)ら多数の日本の医学者がABCCと「協同研究」していたことを思い出しました。(『科学者の倫理と責任〜悪魔の飽食」の「医学者たち」の行方』、「論争・生物災害を防ぐ方法」芝田進午著)

    ABCCは、原爆投下直後の初期放射線による影響調査に重点をおいたことと原爆の非人道性を隠すため、一時的な外部被曝しか取り上げず、残留放射線による内部被曝調査は途中で打ち切りました。そして内部被曝を軽視したABCC調査などを基に作成されたのがICRP(国際放射線防護委員会)」の「安全基準」であり、被爆者を切り捨ててきた原爆症の認定基準でした。(「命を蝕む被曝基準」伊藤孝司、週刊金曜日2011.6.3)

    今、ABCCの協力者の弟子たち、ABCCから移行した放射線影響研究所の医学者やその弟子たちが、御用学者として政府・原子力マフィアの意向を汲む犯罪的な役割を演じています。医学者の倫理と責任が厳しく問われています。


    原爆の図 丸木美術館
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    Posted by : 川本幸立 | 東北・関東大震災と原発問題 | 23:47 | - | - | - | - |
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