市民活動家・研究者(前千葉県議会議員)

◆ 川本幸立のブログ

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に対する千葉市回答について
NHKの「戦争証言プロジェクト」の
「証言記録 兵士たちの戦争」を薦める
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「千葉の子どもたちを放射線被曝から守るための再要望書」
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ニューギニアで戦死した叔父と遺骨を放置する日本政府
〜NHKの「戦争証言プロジェクト」の
「証言記録 兵士たちの戦争」
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      19日に「証言記録『兵士たちの戦争』NHK「戦争証言」プロジェクト」(NHK出版、2011年3月)を読みました。私の叔父の川本恒雄は篠山連隊に招集されニューギニアで「戦死」しました。戦地に赴く前に叔父が残していった「遺書」や爪、髪の遺品は今も残されています。しかし、親戚の話ではニューギニア北西部のビアク島だということですが、実際はどこでどういう最期を迎えたのかハッキリしません。もちろん遺骨の返還すらありません。
     
     そこでニューギニアでの戦争体験の情報収集をしていたところ、NHKの「戦争証言プロジェクト」の「証言記録 兵士たちの戦争」を知った訳です。すでに書籍として発刊された中で、
    ・西部ニューギニア「見捨てられた戦場」
                〜千葉県・佐倉歩兵第221連隊(1巻)
    ・東部ニューギニア「絶望の密林戦」
                〜宇都宮・歩兵第239連隊(2巻)
    ・ニューギニア・ビアク島「幻の絶対防衛権」
                〜岩手県・歩兵第222連隊(3巻)
    ・ポートモレスビー作戦「絶対ニ成功ノ希望ナシ」
                〜陸軍・南海支隊(5巻)
    がニューギニアに関係するものです。

    まともな事前調査、地図も補給計画もないポートモレスビー作戦失敗では、辻正信ら軍上層部の責任が問われることはなく、結局、昭和17年から終戦までの3年間でおよそ20万人の若者たちがニューギニアに送られ、18万人を超える人々が命を落としました。
    人肉を食べるしか生き延びる術がなかった兵士たち・・。

    「残虐だよ。虐殺だよ。・・・本当に、このときの大本営だとか方面軍とかのあれ(上層部)を恨むよ。特に高級司令部のいい加減なね、やり方」(前掲書、65頁)という22歳でポートモレスビー作戦に参加し、多くの部下を失った当時機関銃中隊長の67年後の怒りの言葉です。

    9月に訪米した折、私は米国政府が朝鮮戦争、ベトナム戦争の戦死者の遺体収集・戦死体処理を未だに行っているという話を聞きました。
    朝鮮戦争で三千体もの米兵遺体の個別識別を行った人類学者の埴原和郎氏は次のように語っています。
    「かつての戦場には、おびただしい数の日本兵の遺骨が残されていると聞く。遺骨収集団が派遣されているとはいうものの、その規模においても、処理の科学性においても、日本と米国の間には残念ながら雲泥の差があるといわざるをえないのである。戦争をおそれにくむばかりが能ではない。過去の戦争の犠牲者に対して人道をつくすこともまた、平和を願うわれわれに課せられた義務ではないだろうか。」(「骨はヒトを語る」(講談社+α文庫)

    映画で話題となった硫黄島の戦い、日本軍守備隊2万1千人のうち、2万人を超える将兵が命を落とし、多くの遺骨が今も収集されぬまま硫黄島の地下壕に眠っています。
    (「兵士たちの戦争ァ廖

    3年前に「とけ・九条の会」の平和・バスツアーで靖国神社・遊就館を訪ねましたが、まさか日本政府は靖国神社にA級戦犯らとともに奉っているから将兵の遺骨収集は不要と思っている訳ではないでしょうね〜?!
    過去の戦争の国内外の犠牲者に対して人道をつくすよう日本政府に働きかけることは国民としての責務だと思います。

    亡父も生前、パラオ、ラバウルの話をしていました。私もパラオ、ラバウル(ニューブリテン島)とともに叔父の最期の地ニューギニアを慰霊のために訪ねたいと考えています。

    Posted by : 川本幸立 | 活動記録 | 08:30 | - | - | - | - |
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