市民活動家・研究者(前千葉県議会議員)

◆ 川本幸立のブログ

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国民に賠償負担を当然のように求める電力会社の企業体質はどこからきたのか?! 〜電事連会長の「国は賠償負担すべきだ」発言を考える
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      電気事業連合会の八木誠会長(関西電力社長)は17日の記者会見で、原発事故の対応で「原子力は国策でやってきた」から「国は賠償負担すべきだ」と主張したことが報じられています。「国」を「国民」に置き換えて、東電の西沢俊夫社長の「値上げは権利」発言、社長年収7千万円超を含め破格の社員報酬を重ね合わせてみると、地域独占企業としての電力会社の異様ともいえる傲慢さを感じます。

    ●原発が安いというウソをついてきたのは誰か

     なぜ原発が推進されてきたのか? 
    よく「電気をたくさん使いながら、原発反対はけしからん」と主張をする人がいます。しかし、他の発電方式と比較して原発による発電コストが最も「安い」というのが政府や電力会社の原発推進の「口実」でした。
    一方、経済学的には、「(電力を)たくさん使うのは、安いからであって、必ずしも必要だからというわけではない」のです。(「確率的発想法」小島寛之著、NHKブックス)

    しかし原発発電コストが一番安いというのがウソだったことが明らかにされつつあります。
    実際の直接に発電に要するコスト(円/キロワット時、1970〜2010年度平均)は、原子力10.25、火力9.91、一般水力3.91、揚水53.07で、電力需要の調整のための揚水発電を除外すると、原子力は経済性に最も劣る電源であることが指摘されています。(「原発のコスト」大島賢一著、岩波新書)
    これに政策コスト、事故コスト、核燃料使用後に生じるバックエンドコストをさらに加えなければなりません。

    ● 国民に賠償負担を当然のように求める電力会社の企業体質は、日本の資本主義経済のスタート時の経緯にある?!

     ところで国民に賠償負担を当然のように求める企業体質はどこからでてくるのか?!

     今私は、業務の合間に「千葉新産業三角構想」及びアクアラインによる地域開発の決算書をつくろうと様々な文献・資料に目を通しています。
    成田・幕張・上総を開発の拠点とし高速道路とアクアラインで千葉県内、東京、神奈川を繋いで県内の均衡ある地域振興を目指す「千葉新産業三角構想」は、約30年前に始まり、今は東葛地域を加えて未だに県開発の中心構想に位置づけられています。
     しかし、肝心の県も千葉大学などの研究機関もこの30年間の「三角構想」に基づく地域開発に対する客観的な分析や評価を行った形跡がありません。

     客観的な分析、批判がなければ、失敗した開発方式がいつまでも続けられ方向転換などはあり得ません。(「国際化時代の都市と農村〜ハイテク型地域開発の実像」地域開発研究会編、自治体研究社) たとえばテクノポリス型開発構想である上総アカデミアパークについては、80年代後半にはすでにテクノポリス構想の諸課題(本場シリコンバレーの課題を含めて)が明らかになり、上総地域の「内発的発展」との関連性の薄さは自明のことでした。当時の開発推進側の文献・資料を目を通しつつありますがその中身は「計画書」というよりは単なる「願望」の羅列としか読めません。
     
    そうした中で目を通した書物(「地域再生をめざして」山本英治・編著、学陽書房)に明治の日本の近代化は、
    ’戚韻らの金納による財政の確保とそれによる資本投資、
    △海旅餡蛤眄の投資で建設した資本主義的な生産施設・設備を無償かそれに近い金額で有力者に払い下げたこと、
    つまり日本の資本主義経済はスタート時から官営的性格が強く、国家権力と資本が一体化していたこと、
    により成し遂げられたとの記述がありました。(本来はこれに中国、朝鮮への侵略を加える必要があります)

     冒頭の国民に賠償負担を当然のように求める電力会社の企業体質は、こうした日本の資本主義経済のスタート時の経緯にあるように思います。

    Posted by : 川本幸立 | 東北・関東大震災と原発問題 | 08:38 | - | - | - | - |
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