市民活動家・研究者(前千葉県議会議員)

◆ 川本幸立のブログ

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サンフランシスコ講和条約発効による「主権回復」を考える 〜アベコベ首相の頭の中は明治憲法下の天皇主権・官治集権政治
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       28日の政府主催の「主権回復・国際社会復帰を記念する式典」でアベコベ首相は、「本日を大切な節目とし、未来へ向かって希望と決意を新たにする日にしたい」「沖縄の人々が耐え、忍ばざるを得なかった戦中、戦後のご苦労に通り一遍の言葉は意味をなさない。沖縄が経てきた辛苦に思いを寄せる努力をなすべきだと訴えようと思う」と語り、東日本大震災での米軍の支援活動「トモダチ作戦」を取り上げ「かつて戦った者同士が心の通い合う関係になった例は古来まれだ」と評価したといいます。
     主権の「喪失」や、沖縄の戦中・戦後の辛苦は、天災によるものではありません。戦中については、ポツダム宣言から引用すれば、「日本帝国を破滅の淵に引きずりこむ非知性的な計略を持ちかつ身勝手な軍国主義的助言者」「日本の人民を欺きかつ誤らせ世界征服に赴かせた、全ての時期における影響勢力及び権威・権力」によるものであり、戦後は、沖縄を切り捨てたサンフランシスコ講和条約第三条であり、日本の全土基地化と在日米軍基地の自由使用を認め、最高裁によって日本国憲法より上位に位置づけられている「日米地位協定」(旧・日米行政協定)と日米安保条約に他なりません。さらに、昭和天皇は憲法に違反して「沖縄を半永久的に軍事占領してほしい」とGHQに進言し戦後の日米関係に深く関与していました。(「マッカーサー元帥のための覚書」1947年9月20日)
     
     アベコベ首相は、これらについて触れないばかりか、軍国主義的助言者や彼らに欺かれて植民地支配に赴いた戦死兵の行為を賛美する「靖国信仰」の熱烈な信者であり、「壊憲」により戦中、戦前の明治憲法・治安維持法下の国家統治への回帰と軍事大国化をめざしています。
     これらへの中韓両国の批判に対し、アベコベ首相は「脅しに屈しない」と抗弁したといいます。侵略戦争を正当化することは日本が受諾したはずのポツダム宣言を首相が否定することになり、このままでは国際社会で日本の孤立化は避けられないものと思います。

     ところでサンフランシスコ講和条約には、\鐐莨態の終了(第一条a)、∀合国による日本国およびその領水に対する日本国民の完全な主権の承認(第一条b)、F本国は千島列島に関するすべての権利を放棄する(第2条c)、とあります。
     今朝の朝刊をみると、アベコベ首相はロシアを訪問しクレムリンでプーチン大統領と会談し、北方領土問題の交渉再開で合意したそうですが、上記を明記した講和条約発効を「主権回復」として盛大な儀式を行った以上、ロシアから足元をみられるのは間違いないでしょう。


    ●「主権回復」ではなく「国民主権の発効」というべき

    「主権回復」について考えてみましょう。前記の△砲茲譴仂鯡麋効により、「日本国民の主権が承認された」ということになります。明治憲法下では天皇主権でしたから、新憲法制定後、占領状態で封印されていた「国民主権」がはじめて発効したことになります。
    正確に言えば「主権回復」ではなく「国民主権の発効」と言うべきでしょう。

    主権者である国民と政府との関係は、憲法前文によれば「そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであり、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基づくものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する」とあります。詔勅とは「天皇の言葉」です。余談になりますが、昭和天皇による「沖縄の半永久的な軍事占領提案」はこの憲法前文、天皇の憲法尊重義務(第99条)に反します。

    憲法(国の基本法)には「国家主権」や「国家統治」などという言葉はありません。あくまでも「国民主権⇒政府信託」であり、政府の最高機関は国会(第41条)です。
    明治憲法下では「天皇の『皇祖・皇宗』からくる『国家統治の大権』は『臣民翼賛』にささえられて、政府・臣民が一体となるという閉鎖型の共同幻想をかたちづくったのです。そこでは国家統治は絶対・無謬だったのです」(「政治・行政の考え方」松下圭一著、岩波新書)が、現憲法下では「『制度』としての政府は、『主体』たる市民が基本法手続によって、その権限・財源について責任を信託しているにすぎません。この信託が失われるときは選挙によって政府をつくりかえることができます」(同著)。

    アベコベ首相の頭にあるのは、国会、内閣、裁判所の「国家主権型権力分立論」=官僚統治論(官治集権政治)のようですが、61年前の条約発効と同時に発効した「国民主権」は「国家統治」ではなく「市民自治」「分権政治」を基本に据えています。
    そもそも主権者の意向などおかまいなしに勝手に式典開催を強行するところに、アベコベ首相のアベコベ度が如実にあらわれているといえます。

    Posted by : 川本幸立 | 憲法 | 11:39 | - | - | - | - |
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