市民活動家・研究者(前千葉県議会議員)

◆ 川本幸立のブログ

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日本政府・国民の「不道徳・反道徳」が問われている! 〜原発再稼働で軽蔑される日本政府・国民
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    ●「道徳」(人のふみ行うべき道)に反する原発再稼働、アベノミクス、戦争国家化

    「道徳」という言葉を辞書(広辞苑第四版)で引くと、「/佑里佞濆圓Δ戮道。ある社会で、その成員の社会に対する、あるいは成員相互間の行為の善悪を判断する基準として一般に承認されている規範の総体。法律のような外面的強制力を伴うものではなく、個人の内面的な原理。今日では、自然や文化財や技術品など、事物に対する人間のあるべき態度もこれに含まれる」とされ、「道徳教育」については「子どもに一定の行動様式や態度を身につけさせ、一定の価値を志向させ、理想を自覚させる教育」とあります。

    「基本的人権の尊重」と「平和主義」を普遍原則(多数意見でも奪われない普遍的価値)と位置付ける日本国憲法の前文の後半には「政治道徳」という言葉がでてきます。
    「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従うことは自国の主権を維持し、他国と対等関係に立とうとする各国の責務であると信ずる。日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓う」とあります。

    日本国憲法を踏まえると、「道徳」(人のふみ行うべき道)として最も尊重されるのが「基本的人権」と「平和」であり、「人権教育」「平和教育」こそが「道徳教育」になります。

    憲法は、主権者である国民から統治者への命令であり、憲法は国民(99条で定める尊重養護義務者を除く)をしばるものではないといいますが、憲法前文の最後の一文「日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓う」と、憲法12条の「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない」は、国民に求められる「道徳」が明記されていると思います。

    この道徳に照らせば、原発再稼働、アベノミクス、集団的自衛権、秘密保護法などは反道徳=「命よりカネ」「他者の命より自分の生活」の最たるものと言えます。

    ●海外から軽蔑される日本政府、国民

    長女が10月からイタリアで生活していますが、日本の原発再稼働の動きについてイタリアの20代の友人から次のように言われたそうです。
    「日本人は、人生よりも仕事を大切にする、
    人生よりもお金を大切にするのでしょう。
    そしてリアルな世界よりもテレビが好きなんでしょう。
    だからテレビの言うことを信じるでしょう。
    原発がやめられないのは、人生や子どもの命よりもお金が大切なんでしょう。
    日本政府が真実を語らないのは皆が知っているし、イタリアも原発事故以降は日本の食材を輸入していない。私は知っているよ。
    多くの日本人は真実を知らないし、語らずに仕事とお金のために生きている。
    私はそんなのは好きじゃない。
    そして、あなたはふつうの日本人女性とは違うのでしょう、
    真実をみようとして生きているしあなたは大多数の日本人のなかではマイノリティかもしれないけれど正しい。あなたのピアノの音を聴けばわかる、あなたは真実を言い続けていかないといけないね。」
    また何人もの人々から次のようなことを言われたそうです。
    「日本にはブラックマフィアがいて(政府のこと)
    お金のために原発がやめられないのは世界中の皆が知っている」。

    ●「アイヒマン」化している技術者、国民
    〜「良心」「思考能力」「自律的な判断力」の不在こそ道徳の欠如の要因


    12月6日、都内でプラント技術者の会主催の「日中韓技術者交流会」が開催されました。李奉珍元ソウル大教授・元韓国精密機械工学会会長、明日香寿川東北大学教授、筒井哲郎・プラント技術者の会・原子力市民委員会からの報告と20名余の参加者による活発な意見交換が行われました。

    明日香教授からは「脱原発・脱温暖化の最前線〜経済から考える脱原発社会のデザイン」では、_甲伐修聾業推進のための陰謀」論に根拠がないこと、日本政府による石炭火力発電輸出は世界の流れと逆行していること、F本でも原発があってもなくても電気代やGDP影響に大差がないこと、じ業は国全体としてのリスクやコストがベネフィットを大幅に上回る、それだけで原発は不要と言いうること、イ気蕕法脱温暖化を可能とする代替発電技術は存在し、コストは大差なくベネフィットが大きいこと、について詳細に報告されました。

    参加者の一人から「原発関係の技術者(約2万人)から、ほとんど原発再稼働について異論がだされないという現状は何なんだろうか?」という疑問が出されました。
    私は反射的に「技術者のアイヒマン化ではないか?」と発言しました。
    アイヒマンとは、ナチのユダヤ人大虐殺に重要な役割を果たしたとされる元SS将校のルドルフ・アイヒマンのことで、1960年にアルゼンチンでイスラエル特務機関によって逮捕・拉致され、イェルサレムの法廷で裁判にかけられました。その裁判を傍聴したハンナ・アレント(政治思想家)が傍聴記「イェルサレムのアイヒマン」で、アイヒマンを「実定法や権力者の命令に忠実なだけの真面目な小市民、平凡な小役人」として描き、問題は「恐るべき残虐行為を前にしてもそのような権力の服従になんの疑問も持ちえなかった彼の「良心」の欠如、思考能力の欠如、自律的な判断力の不在にある」としました。(「アレンと〜公共性の復権」川崎修著、講談社)

    「良心」「思考能力」「自律的な判断力」の不在は原発関係の技術者のみならず、原子力共同体(マフィア)、日本政府・国民にも共通するように思います。
    道徳の欠如とは「良心」「思考能力」「自律的な判断力」の不在を要因とします。

     
    Posted by : 川本幸立 | 国政選挙 | 10:45 | - | - | - | - |
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